ジャナンドレア・ノセダ(GN) インタビュー
©Scott Suchman
訳・インタビュー/高橋美佐
Q: マエストロは、2017年よりワシントン・ナショナル交響楽団(NSO : National Symphony Orchestra)の音楽監督をつとめておられますが、彼らと2年を経ていま、どのような感触をお持ちでしょうか? やはり団員はアメリカの方がほとんどですか?
GN: メンバーにはアジア出身者もかなりいます。私が来た時点で、このオーケストラはすでにとてもレベルの高い集団でした。アメリカ的な音の正確さやイントネーションを失わずに、ヨーロッパ的な表現力も身についていました。それは過去の音楽監督たちが50年かけて彼らの中に培ったものです。アンタル・ドラティやムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、イヴァン・フィッシャー、クリストフ・エッシェンバッハ。彼らはハンガリー人、ロシア人、ドイツ人ですから、ヨーロッパの音楽性をもたらしました。そこに、レナード・スラットキンがアメリカの指揮者として、やはりとても良い仕事をしたのです。そのすべての教えが彼らの中に生きています。彼らのアメリカ的な歯切れのよい整った音を損なわず、にヨーロッパ的な感性をさらに磨くことを目指していきます。
Q: 音楽監督として、オーケストラメンバーにどうあって欲しいと思われますか?
GN: 私は、メンバーがそれぞれに周囲に対する感性を磨き、「自分は人のためになにができるのか?」という意識を持ってくれたらいいと思います。音楽のクオリティそのものを向上させることは言うまでもないことです。そして、21世紀は人間が地球規模で関わり合う時代。技術の向上と感性の鋭敏さをもって、自身のエネルギーを他者に与えられる高みに届きたいと思います。
©Tracey Salazar
Q: さて、3月に日本で演奏していただく作品についてお尋ねします。4都市でのプログラムがサミュエル・バーバーの「管弦楽のためのエッセイ第1番」で始まります。
この曲を選んだ理由をお聞かせいただけますか?
GN: この作品は、20 世紀の作品としての新しさが感じられます。NSOというアメリカを代表する楽団と行うツアーの皮切りには、アメリカの作曲家の作品を選びたいと思いました。続いてドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」を演奏し、皆さんに「アメリカ」を感じていただきたい意図がありました。ドヴォルザークはヨーロッパの作曲家ですが、この曲を書いた当時はアメリカにいました。ニューヨーク・ナショナル音楽院の教師・院長として数年間仕事をしたのです。彼は新境地アメリカで得た音楽的知識も駆使し、しかし、自身の創造性の源であるヨーロッパの空気を忘れることなく、否定することももちろんなく、この交響曲を書いたのです。ヨーロッパ伝統の交響曲スタイルを崩してはいません。ベートーヴェンやシューベルト、ブラームスが書いた交響曲様式となんら変わりません。ただ、そこに彼の想像力を働かせてヨーロッパとアメリカの両方の空気を含み持つような作品に仕上げたのです。
Q: 諏訪内晶子さんは今回のツアーのソリストとしてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏されますね。日本ツアーに先立ち、2月に現地ワシントンD.C.でも共演されます。
GN: アメリカという国が懐深く多国籍な仕事の現場を提供してくれる中で、招かれている我々も高いクオリティを追求しなければなりません。諏訪内さんはすでに十分国際舞台の経験がおありですが、そんな彼女との共演はお互いに刺激的です。ひとつの目標に向かって、しかも彼女の母国であり私も大好きな国、日本で、今回ご一緒できること。とても幸せです。
©Kiyotaka Saito
Q: さて、ドヴォルザークの「新世界交響曲」ですが、音楽史をみますとこの交響曲は1893年、カーネギーホールでの初演当初から好評を博した、とあります。しかし、音楽作品が初演から成功した例というのはむしろ少ないのでは? 後年人気曲になったもので「初演は失敗だった。」という例のほうが多いような気がしますが。
GN: なるほど、そうかもしれません。ですが「新世界交響曲」については、ドヴォルザークは発表前から成功を予見できていたと思います。なぜなら、人気曲に必要な要素がすべて揃っていて・・・「人気曲レシピ」に沿って書かれたものだからです。ですが軽視しないでいただきたいのは、そもそもこの交響曲の基本の骨組みはしっかりと構築されていて、伝統的な名曲の揺るがぬ構造を持っている点です。そのように構造がしっかりしているからこそ、そこに親しみやすさを感じさせる諸要素を挿入しても崩れないのです。アメリカ先住民の音楽の要素、黒人音楽の要素などが使われていますが、そのような特徴に耳を傾けつつ、聴衆は「でも今聴いているのは、ヨーロッパ・クラシックの交響曲だ。」と感じることができるので、安心して鑑賞できるのです。もうすこし根本的なところで別な構造を作ることも可能だったかもしれません。でもドヴォルザークは上記のような配合に抑えたのです。
Q: さてマエストロは、2021-2022年シーズンより、スイスのチューリヒ歌劇場の音楽監督職に就かれます。
GN: 就任は2021年ですが、すでに少しずつ準備を始めています。数日後にはトーンハレ管弦楽団のコンサートで指揮をしますので、さっそくスイスに行ってまいります。フィルハーモニア・チューリッヒとも1月にコンサートの予定で、いずれのオケも歌劇場のオペラを演奏していますが、私のスイスでの活動はまずはいま、このようにオーケストラとの信頼を築く段階にあります。
Q: 「交響曲を指揮してもオペラを指揮してもいずれも第一級」と言われる数少ないマエストロのお一人として、歌劇場でのお仕事が始まるにあたり、いまどんなお気持ちですか?
GN: いま言ってくださった評価は、指揮者として最も誇りに感じるものです。心から、ありがとうございます。まもなく、演目の決定や歌手のオーディションなども私の役割になってきますけれども、すべてにおいて、前任者でありまたすばらしい仲間であるファビオ・ルイージ氏との引き継ぎを含め、慎重に進めます。同じイタリア人であり、「なにを言わずとも通じる」のです。そして彼はとても整然とした仕事をされるし、周囲の仲間や観客の期待への配慮を欠かさない方です。そんな良い面を、私も落ち着いて引き継いでいきたいと思っています。
Q: すでに公表された演目などあるのでしょうか?
GN: はい。私の在任中にワーグナーの「ニーベルングの指環」四作を上演することはもう決まっています。「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」です。劇場の芸術総監督でもあるアンドレアス・ホモキ氏の演出で行います。他のプロダクションに関しては、これから発表されるニュースをどうぞ楽しみにお待ちください。
Q: ありがとうございます。最後にもうひとつ、伺いたいことがあります。
これだけお忙しい毎日なのに、いつもお元気でいらっしゃいます。その秘訣は何でしょうか?
GN:そうですね、どんなに忙しくても、晴れ晴れと気持ちの良い状態でいられるように、気をつけていますね。自分の力だけでできることではないです。家族や、妻の存在が助けになっています・・・それが一番大きいでしょう。さらに自分で気をつけてできることとしては、残念ながら時間を逆戻りさせて若返ることはできませんが、でも当たり前に食事に気をつけて、よく体を動かして怠けない、ということは日常のなかでできるし、やっているつもりです。楽譜の勉強で何時間も座りっぱなしのあとには、散歩をする。そうすると頭もスッキリします。周囲のいろいろな人たちから受ける刺激も大切なものです。勉強する意欲や、身の回りの様々なことへの好奇心も、自然に湧いてきますね。そんな精神面での健康が体も健康にしてくれるのだろうと思います。