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新星×巨匠の熱いエネルギーがぶつかり合う 「小林研一郎指揮 ハンガリー・ブダペスト交響楽団」 ピアノ 亀井聖矢インタビュー

指を広げると親指の先から小指の先までの長さは26.3センチ。鍵盤の上に置くと、ドから1オクターブ上のソまで届く。この大きな手から繰り出される迫力ある演奏で、亀井聖矢は2022年のロン=ティボー国際音楽コンクールで優勝し、同時に「聴衆賞」と「評論家賞」をダブル受賞した。まさに、鮮烈なデビューだった。

音楽のことは真っ直ぐ目を見つめて、プライベートは少しはにかみながら話す22歳の素顔に迫りたい――。

限られた時間で多くの質問に答えてほしいとお願いすると、亀井さんは「分かりました、テンポ120で答えますね」と笑って、インタビューが始まった。

※インタビューは4月。亀井さんの言葉はその時点のものです。

亀井さんが指揮者・小林研一郎さんとハンガリー・ブダペスト交響楽団と共演するのは今回のツアーが初めて。小林氏は50年前に第1回ブダペスト国際指揮者コンクールで優勝した際に同楽団と共演して以来、度々指揮台に立っている。ファンから“炎のマエストロ”と呼ばれる小林氏の熱い指揮に亀井さんはどう応えるのか。

世代を超えて華々しく登場した“新星”たちの共演は、将棋界でいうところの「羽生善治VS藤井聡太のようでは?」と例えると、「僕はマエストロと戦うのか(笑)」と困った表情を浮かべながら言った。


「まだマエストロにお会いしたことはありませんが、力をお借りしながら、自分ひとりでは感じたことのないような興奮を生み出せることを楽しみにしている」

そう意気込みを語る目は期待に溢れていた。

リハーサルと本番では演奏スタイルがガラッと変わってしまうという亀井さんは、小林氏の音楽性や感情に自分と近いものを感じるという。

「リハーサルのときは周りとの掛け合いやテンポをきっちり考えるのですが、いざ本番がスタートしたら止まれない。僕はリニアくらい加速しちゃいますから(笑)。練習とは違うインスピレーションが湧き、演奏中に受けた刺激がどんどん肥大して、蓄積したエネルギーが曲の最後に爆発する――。それが僕にとってピアノを弾いていて一番楽しい瞬間です。お客様に一番“熱い”状態で聴いていただくために、マエストロとどう構成を考えて曲を仕上げていくのか、とても興味があります」

19世紀当時、フランツ・リストはその超絶的ピアノテクニックで“ピアノの魔術師”と呼ばれた。亀井さんも超絶技巧の難曲を得意とし、令和の“ヴィルトゥオーゾ・ピアニスト”として注目を集めている。

 亀井さんにとってリストは「自分が音楽家として“ありたい姿”に近い存在」だという。

「ある種の曲芸的なピアノテクニックと音楽性を高い水準で融合して、リストのようにエンターテインメント性のあるピアニストでありたいと思っています」

コンサートで演奏するリストの「ピアノ協奏曲第1番」は、同じメロディが繰り返される“循環主題”が聴きどころ。2楽章の美しいメロディが4楽章で民族的なリズムに姿を変えるなど、曲の場面ごとにさまざまな感情を呼び起こしてくれる。亀井さんは「弾いていて気持ちがいい曲」だと話す。

「熱く華やかに盛り上がっていくリストの作品でマエストロと共演できるのはとても嬉しい。特にこのコンチェルトは20分間にいろいろな要素がぐっと詰まっているので、ハンガリー・ブダペスト交響楽団との相乗効果を生み出すのにふさわしいプログラムだと思います」

ピアノを始めたのは4歳のころ。絶対音感があったから、幼稚園で聴いた曲を耳で覚えて、家に帰ってピアノで弾いていた。ピアノの練習は嫌いで、「練習をサボるために学校の勉強をしていたくらい」と言うが、発表会やコンクールで人に聴いてもらうことをモチベーションにピアノを続けてきた。

 音楽家への道を着実に進んできたと思われがちだが、亀井さんは「なんとなく、もう少しピアノを勉強してみたいなぐらいの気持ちで高校の音楽科に進みました。当時は音楽家として食べていくというビジョンは考えもしませんでした」と振り返る。

 ターニングポイントとなったのは、高校3年になるタイミングで飛び級をして桐朋学園大学に入学したことだ。「前例のない特別な環境を与えてもらったからには、自分が活躍して恩返ししたい」という気持ちが芽生え、「とにかくがむしゃらに頑張ってみよう」と決意したという。その成果は大学入学直後、日本音楽コンクールとピティナ・ピアノコンペティションでの優勝というかたちで現実のものになった。

 中学生のときのピアノの先生が、亀井さんの演奏を「荒いけど迫力がある」と尊重してくれたことが、いまのピアノスタイルの原点になっているという。

「“自分はこの曲をこうやって弾きたい”という欲求が演奏の8割を占めています。どんなに譜面に忠実に弾いても、自分の心が音楽の中に入り込めていなければ、人に感動を与える演奏にはならないと思います。だから、曲に対する“自分の欲求”は今でも一番大切にしています」

現在はドイツに留学し、カールスルーエ音楽大学でさまざまな作品を学んでいる。亀井さんの個性である“情熱的な演奏”を裏付ける、綿密な音楽構成などを学んで、さらなる飛躍を目指す。

「現在はショパンの作品を中心に勉強しています。ショパンの作品の中には、「7割は心が動くけど、3割は難しい」というように感じることがあります。ですが、そこに隠れている“好き“な要素を拡張していって、自分の心に紐づいたものをアウトプットできるようになるのが理想の状態かなと思います」

亀井さんは “謎解き”が大好きで、音符を使ったクイズを自作するほどだ。休日はリアル脱出ゲームで遊んだり、夜は友達と飲みに出かけたりして過ごす。

しかし、頭はなかなかピアノから離れられないようで、「演奏家として良い曲を弾いていると自分もつくりたくなってしまう性分なので、コンサートの期間がちょっとでも空くとすぐに作曲しちゃいます」という。

ストレスはあまり溜めこまない方だというが、たまに数日間なにもしない日が続くと「ピアノも弾かずに何やっているんだろう」と落ち込んでしまうことがある。そんなときは、励ましてくれるような歌詞のJポップを聴いて気分転換しているという。

フェニーチェ堺に来た人だけの“特別な体験”がある!

亀井さんに、初出演となるフェニーチェ堺での楽しみを聞くと、「フェニーチェ堺にある世界最長のファツィオリ(コンサートグランドF308)です」と即答した。

「今回のコンサートでファツィオリを弾くことになり、とても楽しみにしています」

インタビューの最後に、
亀井さんに「手形」をお願いした。

「せっかくならお客様にも亀井さんの大きな手を体験してほしい!」と思いついたホール担当者は、直径26センチの粘土をインタビュー場所に持参していた。ところが、亀井さんの手は粘土をはみ出してしまう。あわてて粘土を棒で薄く伸ばして、無事に手形づくりは成功した。

出来上がった手形を自分の手と比べてみた。まるで、大人と子どもくらい大きさに差があり驚いた。手形はコンサート当日にホールで展示されるので、ぜひ来場したお客様だけの“特別な体験”として楽しんでもらいたい。

「子どもやクラシック初心者の方にも聴きやすいプログラムになっています。コンサートならではの音楽に引き込まれる感覚や、音圧からくる迫力とかを素直に受け取ってもらえたら嬉しいです」

Interview&Text/北島あや

Photo/Takashi Hasegawa