特集

川口成彦フォルテピアノリサイタルシリーズ 第2回レポート

よみがえる200年前の音(2020/12/25)

「ピアノが壊れてしまった!!!」



会場にいた誰もがドキッとした。
ある曲を弾き終えた川口成彦さんが、マイクを手に取り静かに告げた。
「次の曲に移る前に、あの、すみません、ちょっとピアノが、、、ツェー(ド)の音が鳴らなくなってしまって」

壊れちゃったの??どよめく会場の様子を愉快そうに眺めながら川口さんが言いました。
「大丈夫です。フォルテピアノや古楽器にはよくあることなんです。」

 

 


クリスマスの夜に迎えた第2夜は、1821年ロンドン製のフォルテピアノ『ジョン・ブロードウッド』を使って、ベートヴェンの中期にあたる曲を中心に演奏が行われました。当時(200年前)の音がよみがえり、川口さんがおっしゃるウイーン製のピアノ音(前回)と、イギリス製のピアノ音の違いを感じることが少しでもできたら幸せな体験です。

 

 

今回のトークゲストは、指揮者の茂木大輔さんです。
N響首席オーボエ奏者でもあり、海外をふくめて数々のオーケストラで演奏、指揮をされていらっしゃる経験をお持ちの茂木大輔さんから見えるベートーヴェンは、ピアニスト川口さんが捉えるベートーヴェンとはまた違っていて、お客様をベートーヴェンの時代にグイグイ惹きこんでいきます。

来場された皆さまご存知でしたか?茂木さんは、川口さんの演奏中は客席の横に譜面台を置いて、ベートーヴェンの楽譜を見ながら聴かれていました。熱量、すごいですね!

 

 

印象に残った曲をいくつか。

『エリーゼのために』
小学校の音楽室で必ず誰かが弾いていたこのメロディが、ベートーヴェン作曲だったことを知ったのは、随分と後になってからでした。それを、川口さんが、それも当時の音を奏でるフォルテピアノで弾いている。

会場は静まりかえり、全員が聴き入っていた。「これが原曲の音なんだ」
こぼれるように音が響いていく。誰かが別れの悲しみの曲と言っていたけれど、そうは聴こえなかった。まるで、その人と楽しかった頃の想い出のページを次々とめくっているような美しい情景(なんとなく18世紀ごろの白いレースのドレス姿の女性たち)が立ち上がってくるような気分になります。

 

 

楽しみにしていた曲『創作主題による32の変奏曲』
実はこの曲、本番前にピアノの調律をされていた山本宣夫さんに「今日は、今まで聴いたことのない音に出会いますよ。フォルテピアノの音色が変幻自在に立体的に浮かび上がる曲を、今日、川口さんは演奏されますからね」と聞いていました。

演奏が始まりました。どんどん主題が変化していって次々と扉が開いていくよう。この曲、この音ホントに200年前なのでしょうか?やっぱりすごいフォルテピアノ。激しい演奏が続いても音が美しいのでずーっと聴いていられます。むしろ音の変化が楽しめる。
途中なんども、陽炎が立ち上るような感覚に陥る瞬間があって身震いしました。ホントだ。3Dだ。

 

感動にひたり、いよいよこれからフィナーレ『熱情』へGO!という時に
冒頭の事件がおこりました。

え?ピアノ、壊れてしまったの?
ピアノ修復まで約10分。川口さんからのご指名で、客席に座っていた茂木さんが再び舞台上へ戻って来られました。ピアニストにとってベートーヴェンの≪ソナタ≫はバイブルのように、指揮者・オーケストラにとってもベートーヴェンの≪交響曲≫は、音楽のあらゆる要素が詰まっていて、やはりバイブルなんだそうです。

あ、後ろで鍵盤がピアノから外されました。もしかして解体するの?
お話も聞きたいし、後ろで修繕中のピアノも気になるし、3人が舞台にあがる不思議な時間が続きます。
古くなって壊れて捨てる、ではなくて修理をして直っていく!それも目の前で。なんだかとってもサステナブル(持続可能)で良い気分です!



 

無事、直りました。
いよいよ、お待ちかね。1806年作『熱情』です。
1音ずつに意味があるような、1音欠けても成立しないような美しい第2楽章が印象的でした。

 

 

アンコール曲は、バロック風の『前奏曲ヘ短調WoO55
荘厳な音が響いた20201225日の夜は、フェニーチェ堺にステキなクリスマスが訪れました。

 

 

フェニーチェ堺 広報担当