ベートーヴェンにもスランプが(2021/1/21)
今回はいよいよベートーヴェン後期。変わりゆく偉人の人生と曲、変容するピアノを川口成彦さんと追う時間もあと1回です。使用するピアノはコンラート・グラーフ(1820年製ウイーン)。
リラックスした雰囲気をまとった軽いポーランド舞踏の音楽が始まりました。
でも、何でしょう。どこか物足りない。
クリスマスの夜(前回)に聴いた『熱情』のエネルギーや、『月光』で放った匂い立つような景色、メロディーが浮かび上がってこず、ゾクゾク感がやや弱い。同じ人?どうしちゃったの、ベートーヴェン!と思っていたところ…
トークゲストとのお話の中で合点が行きました。
ベートーヴェンにもスランプがあったなんて!!
知りませんでした。それも4年間も。
そうか今の曲は、スランプ明けのサクッと軽めからの、徐々に復活してきた過程だったのですね。(すみません!偉そうで)
時系列を抜きにして、単独で曲を聴いている時にはわからない新しい音楽鑑賞の楽しみ方を発見しました。
今回のトークゲストはお二人です。
音楽評論家の小味渕彦之さん、そして第2回−4回まで3台のフォルテピアノを提供して下さっている堺在住のフォルテピアノ修復家・山本宣夫さんです。
山本さんからは、グラーフの特徴やベートーヴェンとの関わり、音量の大きさなどについて興味深いお話をたっぷりうかがいました。
小味渕さんからはベートーヴェンのスランプについて。失恋を初め、ヨーロッパ情勢の変化から来る社会不安、インフレなどが続いた4年間だったときいた時、会場に居た多くの人が「今と一緒だ」と思われたのではないでしょうか。
コロナ禍で先行きが見えない中、病いを煩ったり、親しい人との別離があったりしたら誰でも創作意欲なんて目減りしてしまいますね。
今日はそのスランプを乗り越えてのピアノソナタです。よくぞ復活してくれましたベートヴェン!!
28番が始まりました。
後期作品は難しい印象がありますが、川口さんの優しく軽快なタッチとフォルテピアノの音色が、聴く人をどんどん引き込んでいきます。
27番は配布プログラムの表記を読んで驚いたのですが、楽章の横の音楽用語(Allegro/速く等)がドイツ語と日本語で書かれており、明確に演奏家への指示が読み取れました。が、何とまあ指示が細かい!!
1、 速く、そして始終感情と表情をともなって
2、 速すぎないように、そして十分に歌うように奏すること
200年前の偉人から届いてくる“演奏にあたっての指示”って、すごいですね。
これを表現される川口さんの演奏、ステキです。心から溢れる表情。
出だしの部分から、あ、ベートヴェンが帰ってきた感が満載の1曲でした。
トークでは引っ越し魔だった話(その数80回以上?)をはじめ“偉人・天才の形容詞だけでは片付かない”人間らしさ全開の生身の人間『ベートーヴェン』が、3者3様の視点から立体的に立ち上がってきました。そう、彼とて同じ人間なのですね。
30番、合計3日間に渡るベートーヴェンの旅路が思い出され、途中、第3楽章あたりでは少しウルッときてしまいました。まるでこれまでの人生を、甘美な時を、ベートーヴェンが振り返っているかのようです。川口さんは「新たな精神世界の入口」「50歳のベートーヴェンの心情告白のよう」と表現されています。川口さんが最後の音を弾き終えて、ゆっくり静かにグラーフから手を離す瞬間まで愛おしく感じました。
演奏曲と時代ごとのピアノ、そして川口さん(フォルテピアノ演奏家)を通じて、聴衆はずっとベートーヴェンと会話をしていたのだなぁとわかった瞬間でもあります。
万雷の拍手です。
川口さん、ありがとうございました。
翌日は、番外編。
川口さんが愛してやまない「スペイン」がテーマの演奏会です♪
フェニーチェ堺広報